百八記blog

はてなダイアリー「百八記」から引っ越しました。相変わらずの、がさつずぼらぐーたら。

歌舞伎座 昼の部

ひさしぶりに弁松さんのお赤飯を食べました。やっぱりしっかり美味しいなあ。大好き。

  • 種蒔三番叟

梅玉の三番叟、孝太郎の千歳。梅玉がこんな朝一番に出ていること自体がもう、相当にゼイタクなことですが、久しぶりにじっくりと踊りを拝見して嬉しかった。思えば、歌舞伎の踊りの面白さを最初に意識したのは梅玉の江島生島でした。端正で、決して過剰ではないけれど随所ではらはらとこぼれる色気があって、舞台の空気を梅玉のいる空間として統べていく。そこへ孝太郎が出すぎず品よく格調高く華を添える。朝からよいものを拝見しました。

  • 吃又

少し台詞を整理したのか?役者も揃って、見ごたえのある吃又でした。
吉右衛門の又平が、分別のある中年男でありながら吃音のために出世がならず焦燥を露にし、やがて後に来る絶望、死を覚悟した後の放心状態にひととき宿る神のような鬼のような表情、喜びに輝く子供のような笑顔を、存分に見せました。人が必死にもがきながら生きる支えを失いまた手に入れる姿に、こちらも共感しながら見入ってしまいました。
芝雀演ずる女房おとくも素晴らしい。おしゃべりが上滑りしない。「手も二本、指も十本…」のところでは、場内すすり泣きも聞こえてきました。
歌六の将監、少し物足りなさを感じましたが、「こやつ、師匠を困らせおるわい」などの、本意ならず厳しく接するものの、実は又平という弟子を可愛く不憫に思っている様子が細やかでした。それは吉之丞の北の方も同じく、又平夫婦を気遣う様子がとてもよかった。

  • 素襖落

クオリティは高いのかもしれませんが…これだけの役者が揃ったにしては物足りない感が。演目が演目なので仕方がないのでしょうか。幸四郎は反り身になりがちで、ちょっと気になった。太郎冠者はもう少し屈み気味で丁度いいのではないかしら。

  • 御所五郎蔵

実は今日は、昨日行ったデザインフェスタの疲れが残ってしまって、このあたりでダウン気味でした。が、とてもバランスの良い舞台だったと思います。
仁左衛門の五郎蔵、ちょっとイイ男すぎやしないか…いつもながらシャープで人情味溢れるお姿なり、お声なり。
左團次の土右衛門。この月、昼も夜も左團次は役それぞれでいずれも適切に相手の芝居を受けつつ独特の存在感があり、舞台の柱となっているように見えました。
福助、いまひとつ。孝太郎、美しく、よく練れているように見えました。